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黒島の民俗伝承

古くからの人が住んでいる本村に伝わる伝承です。
歴史と民俗のかかわりを色々と空想させられます。

伊島のヘビ松

黒島の北の2つの無人島のうち、西側が伊島です。
そこには、今は枯れてありませんが、ヘビ松と呼ばれる松の木がありました。
そのヘビ松にまつわる悲しい昔話が残っています。

ヘビ松のおはなし

もう300年以上も昔のこと、平戸の殿様の娘、きよ姫様が不貞をはたらいて子供を身ごもった罪をとわれ、島流しにされてしまいました。
伊島に流れ着いた姫は、子供を産み落としたものの、島に水がなく、親子共々息絶えてしまいました。
そしてほどなく、姫が死んだ場所に小さな松とその周りを蛇が取り巻いているように見える松が生えてきました。
この2本の松がきよ姫親子に見立てられ、ヘビ松と呼ばれるようになりました。
親松といわれる子を守るように巻き付いている方の松の幹は、根元から先まで太さが変わらず、樹皮は蛇のうろこにそっくりだったそうです。
黒島の仏教徒はヘビ松に安産の祈願のためにお参りに行く人も多かったそうです。
松の木がなくなり、次第に忘れ去られ、今では、島を訪れる人はいなくなりました。

記録から読む伝承

島流しとなった姫が流れ着いたという部分に、このヘビ松の話は、高島が遠島の島となっていたことがルーツではないか考えられます。
黒島に隣接する高島は古くから遠島(島流し)の島だったと伝えられていて、竹邊家文書の中には、罪人の島抜け(脱走)の記録もあります。
ヘビ松を安産の神様として祭ったことも、黒島の民間信仰があったことを物語っています。

本村のかっぱ塚

黒島港から上る途中の田の中に「かっぱ塚」と呼ばれる石があります。
この石にまつわる話にはバリエーションがあり、人によって異なった話になりますが、黒島のかっぱは海からあがってきて、いたずらをしたといわれています。
かっぱ=海賊だったのではといわれています。

かっぱ塚のおはなし

昔々、黒島にはかっぱがいて、島の人を困らせていました。
ある日、本村の人が田んぼを見に行ってみると、なんと、かっぱが田んぼの中にいるではありませんか。
そこでその人は一計を案じ、かっぱに声をかけました。
「おい、かっぱどん、相撲取ろうかい」かっぱも「よしきた」と答え、相撲を取ることにしました。
するとこの家の人が家から灰をもってきて、わざとかっぱの頭にかかるように灰をまきました。
「はっけよい!」と相撲を取り始めたところ、なんとかっぱは負けてしまいました。
かっぱの頭の皿の水が灰に吸い取られてしまい、力がでなかったからでした。
この人は、かっぱを捕まえると、田んぼの真ん中にある大きな石の前まで連れて行き、「この石が腐るまでいたずらせんって約束するなら話してやるったい」といい、かっぱはその通りに約束し、証文の代わりに石の上に石塚を立てました。
それ以来、かっぱのいたずらはぱったりとやんだそうです。

記録から読む伝承

かっぱ塚の一部である石塔は、花崗岩製の中央型式塔であり、14~15世紀に関西方面で制作されたことがわかっています。
西氏以前に黒島を所有していた津吉氏によって持ち込まれたと考えられています。
中央形式塔は島嶼(しょ)部、半島部に多く、海上で活躍した勢力「倭寇」との関係が深いと考えられます。
「倭寇」は海賊として恐れられていました。海から来たかっぱとは、倭寇であった津吉氏のことをモデルにした可能性があります。
かっぱが退治され、かっぱ塚が築かれてからは、かっぱのいたずらがなくなったというのは、西氏が津吉氏を排除したことを指しているのではないかと言われています。
この話も、西常陸による海賊退治の昔話どうよう、黒島における支配者の交代により生み出されたのではないでしょうか。