黒島の文化

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『普通の景観が秘める価値』

長い歴史の中で、黒島に移住し、島の自然や地理的環境の下で営まれた生業、生活によって生み出された独特な黒島の文化的景観。
その場所に住んでいる人にとっては、普段から見慣れている当たり前の風景であり、なかなかその価値には気づかないものです。

 

信仰と開拓と歴史と。

黒島の文化的景観

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黒島は2011年(平成23年)7月に長崎県で3番目、全国では28番目に国の重要文化的景観に選定されました。
蕨(わらべ)地区の個人宅周辺は、昔はよく黒島でみられた風景でした。現在でも住人によってよく管理され、景観を残している地として、黒島で最初の「文化的景観」と認定された地区です。
また、この地区には、アコウの樹木がたくさんあり、防風林として家の周辺にあります。
 
蕨集落の人は、長崎の外海から来た人々でした。その潜伏キリシタン達が迫害をのがれ、黒島に移住してきた時に、海岸から陸地を上へと開墾していき、家の周りに防風林、背後に畑を開墾し、畑の周りに背の低い防風林が植えていきました。
仏教徒の多くいる地区、本村(ほんむら)の集落とは違い、潜伏キリシタンの集落は2~3軒からなる散村を形成していました。

  • 重要文化的景観(国選定)
  • 指定年月日…2011年(平成23年)09月21日
  • 所在地…佐世保市黒島及び黒島漁港の全域


 

歴史的背景

20151223001黒島は江戸時代には平戸藩に属する西氏の所領であり、藩の牧場が置かれていました。
18世紀に開拓を目的とする移住が平戸藩の主導で行われ、特に牧場廃止後は跡地開拓のためさらに移住が推進され、黒島北方に浮かぶ伊島・幸ノ小島は古くから黒島の属島とされ、伊島では牛の放牧、幸ノ小島は藻場として周辺で肥料用の海藻が採取されていました。
 
黒島は夏季・冬季ともに季節風の影響を強く受ける地域で、特に台風来襲時には猛烈な南風に襲われます。
そのため居住地はできるだけ風の影響が少ない場所が選ばれ、同時に屋敷及び隣接する畑地等の南側を中心に防風林が発達しました。
 
防風林にはスダジイなど自然林を活用したものと、アコウなど意図的に植栽されたものがあります。
特に島南部の蕨集落では、亜熱帯系の植物であるアコウが防風林として海側に植えられており、島に豊富な閃緑岩の石で築かれた石垣の上にアコウの大樹の根が張る、特徴的な景観になっています。


 

自然と生活環境

028海岸部の標高50m付近までは急な断崖となっている一方、標高約100m以上はなだらかな地形となっており、畑地や集落が点在しています。
 
暖流の対馬海流の影響を受けた海洋性気候であるため、アコウやサザンカなど亜熱帯植物・南方系植物が多く自生しています。
 
黒島では、旧石器時代に既に人が生活していた痕跡が確認されていますが、文字史料上での黒島の初見は文永8年(1271年)の『青方文書』に遡ります。



 

食文化

001その時の季節によって鯛、鯵、イサキ、サザエ、アワビ、ウチワエビ、カワハギなどなど、 新鮮な魚介類が日頃から黒島島民の食卓を賑やに彩ります。
 
また、黒島は島全体が肥沃な赤土で出来ているため、ジャガイモ、玉葱、大根、人参などの 根菜類の野菜のおいしさは格別です。



 

昔の婚礼

039一昔前は、髪結いさんが婚礼の前日に乗り込み、一晩かけて花嫁さんの髪を結っていました。
 
結髪を崩さないために、花嫁は眠らず、結婚式当日を迎えました。
教会で結婚式を挙げ、自宅で披露宴というスタイルでした。
 
船で佐世保へいくことも、黒島の人にとってはバスで移動するくらいの感覚なので、近年では佐世保市内で結婚式をあげるカップルもいます。